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ジブリ映画から考える環境・社会問題②もののけ姫

今回も、ジブリ映画から考える環境問題・社会問題を紹介します。

2作品目は「もののけ姫」です。

「もののけ姫」ってどんな話

中世から近世へ移行しようとする時代の日本には、まだ人を寄せ付けない太古の原生林が残っていた。

そこには多くの獣たちが住んでいた。獣たちを従えていたシシ神が聖域たる森を守っていた。

しかし、人口が増えてきた人間たちは原生林を切り開き、自分たちの世界を作ろうとしていた。

 

「もののけ姫」は、このような背景のもとで繰り広げられる「自然vs人間」の物語です。

登場人物の紹介

「アシタカ」

蝦夷の村の青年。ある日村を襲撃しに来たタタリ神との戦いで腕に死の呪いを受ける。死呪いを治すべく村を出て西へ向かう。

「サン」

赤子の時、人質として森に差し出され、山犬に育てられた人間の娘。人間が嫌い。

「エボシ御前」

タタラバの長。森を破壊し、タタラバで石火矢を造る。売られた女や癩病患者を守る。

ほかにもたくさんの登場人物がいますが、以上が主なキャラクターです。実はこの3者は対立関係にあります。

シシ神の森を守るサンvs生活のため森を切り開きたいエボシという物語を代表する対立関係です。アシタカはその中立を取り、各位の意見を聞いて、どちらの味方につくか葛藤しています。

もののけ姫は登場人物の数だけ対立があるとも言われるほど対立が多い物語です。各所の対立を少しだけ紹介します。

森サイドでは、山犬vsイノシシvs猩々という対立があります。

人間サイドでは、タタラ場vs地侍vs唐傘連という対立があります。

他にもたくさんあるので、ぜひ本編をご覧ください!

この対立を難しく表すと

ヒューマニズムとエコロジーの対立

エボシは社会的弱者を救済するためにタタラ場を開き、人々に職を与え生きていけるようにしました。さらに多くの人を救うためタタラ場を拡大しようとします。これはヒューマニズムの観点から言えば申し分ない「正義」です。

しかし,それは山の自然を切り崩すことを意味し,自然界の神々にとっては許せない暴挙なのです。

巨大なイノシシである己事主や白い巨大オオカミであるモロは人間に戦いを挑みます。ここに存在するのは「自然を守れ」というエコロジーの「正義」です。

双方の言い分を知った主人公アシタカが,どちらに味方するのか迷うのは当然です。

難しいですよね。

もののけ姫のキャッチフレーズは「生きろ」です。

つまり、「対立を越えて皆共に生きていく道を考えましょう」と考えることができますね。

もののけ姫の物語から感じること

自然と人間は共存しないといけない=環境問題を乗り越えていかないといけない。

人間は弱者を差別してはいけない=みな平等である。

グローバル化が進む今求められている異文化理解。

別々の場所に住んでいても、お互いを尊重し、コミュニケーションを通じて他者理解をしようと生きることが大切。

もののけ姫から今この時代に問題になっていることを読み取ることができるのです。

宮崎駿の言葉

『人の生とは理不尽なものです。しかし、人間の最も美しい姿とは、理不尽な境遇を背負っても、運命を受け入れて前を向いて生きる姿です。私は、「もののけ姫」を通じて、それを描きたかった。』

これは主人公アシタカの生涯に反映されています。理不尽に呪いを受けたにも関わらず、生きようと呪いを治す方法を必死に追い求める姿がまさにこの言葉です。

さいごに小噺

アシタカは村を出るとき、許嫁のカヤから黒曜石の小刀をもらいました。

その時こんな言葉を言っています。

「私はいつもカヤを思おう。」

相思相愛なのが見て取れます。

 

しかし物語後半で、アシタカは黒曜石の小刀をサンにプレゼントしました。

アシタカはサンに「生きろ。そなたは美しい。」と言っているシーンがあります。

あまり感情を出さないアシタカのこのセリフは、好意を持っているということを表しているように思えます。

物語終盤サンは「アシタカは好きだ。でも人間を許すことは出来ない。」と言っています。

相思相愛なことが見て取れます。

 

以上のことからもののけ姫は、「アシタカが出張先で不倫する」物語であると言えます。

次回もお楽しみに!

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